東京ミッドタウン・ガーデン内、
21_21 DESIGN SIGHTで開催されている「アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue」展に行ってきました。
運良く、ちょうど行った日にトークイベントが行われていて、1996年よりペンの助手を務め、2002年からはスタジオ・マネージャーとしてペンの晩年13年間、共に仕事をされたヴァジリオス・ザッシー氏のお話を聞くことができました。
トーク「アーヴィング・ペンのもとで」
出演:ヴァジリオス・ザッシー/アーヴィング・ペン財団アソシエイトディレクター
聞き手:川上典李子/21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクター
前半部分の途中からですが、以下トークイベント書き起こした内容からピックアップ。
ペンの人柄、スタジオの様子
ペンのスタジオはハイテクでピカピカしたものではない。全く反対で、温かい感じのする所。歩くと音がするような床で、背景として使用されている壁のペンキも少し剥がれていた。ペンはそれを好んでいた。
ペンスタジオは音もなく、とても静寂な場所。真剣な仕事の妨げになるので音楽はかけなかった。ペン自身がとても静かで聞き取れないほどの喋り方をする人。仕事の間は沈黙の世界。
スタジオはとても小さい。ミーティングをする部屋に太陽光が入るので、自然光の撮影ではそこがスタジオになった。
一日の予定は、必ず朝9時にはスタジオに入る。ペンは自分のアパートから歩いて来ていた。格好はアイロンをかけたズボンにローファー、大切にしているISSEY MIYAKEのシャツ。仕事のユニフォームはブルージーンズにスニーカー、シャツはそのままISSEY MIYAKEのシャツを着ていた。
今回の21_21での展示について
とても素晴らしい展覧会、ペン自身が見ていたらきっと喜んだと思う。この内容であればもっと派手な展示もできたと思うけれど、それをせずに、ペンの静かな性格をそのままスピリットとして受け継いでいる展覧会だと思います。
ペンと三宅一生の関係は、歴史的でスペシャルなもの。この二人の間にある信頼と尊敬というものは、違ったジャンルのクリエイティブの中で起きており、こういう関係は今までなかったし、今後もあまりないのではないかと思う。
アニメーションの展示では、二人の仕事の関係というものが明快に出されていると思う。この展覧会は、違った分野での二人のgiantなクリエイターの仕事を上手に展示していると思います。
ペンの撮影に対するポリシー
三宅一生さんの服の撮影の最後の六回に参加しました。これらの撮影は、ペンスタジオではPhoto Sittingと言います。一般的に使われているPhoto Shootという言葉は使いません。我々は人を写すのにShootするのではない。ただ立ち会って写真を写すのだからTake Photoであって、Shootingという言葉は使いません。人やモデルのポートレイトを撮る時は、その人達がペンに何らかのオファーをする。その人達から、ペンが何かをもぎ取るのが仕事ではない。
ISSEY MIYAKEコレクションの撮影
六回の撮影に関わりましたが、私にとってもクリエイティブで大変エキサイティングな時でした。まず驚いたのは、一生さんが撮影にいらっしゃらないということ。最初、ショックでびっくりしたのですけど、二人の間の信頼ということ、一生さんがペンに対してのAdmiration(賞賛)、admireしているということがペンに伝わり、ペンにとっては、そこでどんな写真を撮るか、というサプライズがあった。ペンにとって、この撮影は毎回クリエイティブにとても挑戦された仕事でした。
写真をプロジェクションの展示にしたいきさつ
プロジェクションの部屋は、私はこの展覧会で二番目に好きな場所なのですけれど、ここに行くとほとんどスピリチュアルな気持ちになります。その当時のいろいろな思い出が蘇ってきます。大変大きく映し出されたイメージが本当にパワフルで、素晴らしいと思います。
プロジェクションで映されている写真は、全てフィルムカメラで撮影されています。今はデジタルカメラがよく使われますが、デジタルではなくてフィルムのカメラです。ほとんどの撮影が6センチ×6センチのフィルムです。
ペンは写真を写すだけでなく、プリント作りに関しても大変厳しい方でした。全てのプリントをSuperviseされました。特にプラチナプリントに関しては彼自身が作りました。ペンが亡くなった後、新しいプリントは作らないということになっています。ペンが生きている間でも、ペンのsupervisionの無いプリントは作られませんでしたし、亡くなった後には、もう一切プリントは作らないというのが財団の方針でありますし、彼の意思、遺言でもあります。
その中で、どういうふうに写真を見せようかと話し合った時、最終的にプロジェクションにするのが一番良いのではないかという結論になりました。ある意味ではこの制限というのが、今回の展覧会にとっては有利であったと私は思います。もしも全てプリントで作っていたら、サイズとしてのリミットが24インチ、60センチに制限されてしまいますけれども、あの広い部屋に大きなサイズでプロジェクションすることで、いろいろなサイズを沢山、みなさんに見ていただくことができました。
ペンのプリントに関するこだわりと技法
プリントメイキングは、ペンスタジオにとって大変重要なクリエイティブな仕事の一部です。ペンはプリントを作るのに全て参加しており、特にプラチナムプリントに関しては彼が自分で手作りでやりました。これは大変時間のかかる方法であり、全てハンドメイドで、何一つ初めから出来上がっているものはないです。
まず必要な薬品をミックスするところからペンは自分でやっていました。そして紙にコーティングをするのですけれども、それも彼は手でやっていました。そのあと現像、感光させるのですけれども、ペンは新しくユニークな方法をやっています。それがわかるのが、下の展示で「シガレット」という煙草の写真がありますけれど、この写真の一番上のところに、小さく細いアルミのバーが見えます。こらはペンの思い付いた方法で、これがあることで、いくつものネガティブを重ねて、何回も感光させる現像方法を使いました。
この特別な方法は、そのために特別なネガを作る必要がありました。実際の出来上がったプリントは50センチ×60センチなら、そのネガティブ自身も50×60のサイズです。そしてまたそのネガティブもいろいろなタイプ、クオリティのネガティブを作ります。そして何回も感光させることによって、テクスチャーが変わっていきます。ある程度やってみて気に入らなかったら、また同じところに違うネガティブをのせて、用材を付け、感光し直すということができます。こういうことを二度も三度も繰り返しました。
この方法でやりますと、大変リッチな色が出ます。特に黒が、深みのある黒ができます。ペンのプラチナプリントを見た時にみなさんが一番最初にするコメントが、いかに黒が深みがあって黒いかということです。
この後ろの写真はシンディー・シャーマンのポートレートです。これは私がペンさんの助手をして、ダークルームで仕事をした一番最初の写真です。写真自身も素晴らしくて強烈な写真なのですけれども、実際の本物を見ていただくといかにリッチな深みのある黒が作られているかがわかります。ペンがプラチナプリントを作る時、紙にコーティングをしてから何度も何度も感光して現像して、またやり直して、最終的に出来上がったと彼がサインをするまで、一枚に約50時間かかっています。
以上、トークイベント前半から書き起こしピックアップ。
トークイベント、展示の感想
展示内容は、ペン自身によるオリジナルプリントと撮影用スケッチ、大型プロジェクターによるペン撮影の「ISSEY MIYAKE」コレクションの投影、衣装デザインから撮影、田中一光氏がポスターデザインするまでをアニメーションにした上映など、とても充実したものでした。特にキヤノンの大型プロジェクターを複数台設置したプロジェクションの部屋は圧巻で、ずっと見ていたくなる内容でした。
ザッシー氏によるペンの人柄、仕事への取り組みに関するエピソードも興味深いもので、大変貴重なお話を聞けたと思います。ザッシー氏が三宅一生さんについて語る際「三宅さん、Maestro三宅」と、とても尊敬を込めて話されていたのも印象的でした。
写真、ファッション、メイクに関心ある方はもちろん、プリントを自分でされている方にもお勧めできる展示です。開催期間中、写真家や評論家の方がペンについて語るトークイベントがまだいくつか企画されているようですので、そのタイミングで行かれるのも良いかもしれません。
建物も綺麗で、素晴らしい展示でした。時間がなく全て見切れなかったので、また何回か通う予定でいます。2012年4月8日までの開催。
関連リンク
21_21 DESIGN SIGHT 公式サイト
美術手帖 2011年12月号 三宅一生特集
アーヴィング・ペンと三宅一生の美しき視覚的対話